第23回 刑事被告人を追放しない事を予言

1976年7月6日。全日空の若狭得治社長が外為法違反と偽証の疑いで逮捕された。ロッキード事件全日空ルートの贈賄容疑で逮捕できないが故の言わば別件逮捕だ。鍛治壮一はこの日の夕刊に長文の記事を書いた。全日空社員は若狭社長を殉教者(スケープゴート)と…

第22回 明かされた秘密文書の存在 悲願の国際線進出に王手をかけていた若狭社長

1972年、田中角栄首相によって中国(中華人民共和国)と国交が回復し、日本航空が中国を飛ぶようになると、台湾政府は激怒。日台路線は廃止され、日航は台湾の空から閉め出された。そんな時、全日空の若狭社長は台湾への国際定期便を申請し、世間をあっと言…

第21回 国会で取材への談話を否定した史上最強の天下り社長・若狭得治

1976年2月7日、ロッキード事件の渦中にある全日空の若狭得治社長のインタビューを鍛治壮一は書いた。国会での証言で若狭社長はその談話を否定。その裏にあったのは、 1976年2月7日、若狭社長のインタビューが載った 2月6日のインタビュー --日本の政治…

第20回 社員に歓迎された史上最強の天下り社長・若狭得治

全日空の元社長・会長である若狭得治に関する連載を3回に渡って紹介する。全日空の二代目社長から懇願されて就任した元運輸省事務次官。普通、天下りというと監督官庁から押しつけられたイメージが強い。ましてや後にロッキード事件で刑事被告人にもなった。…

第19回 那覇市長から礼状 思い出の詰まった人間国宝の紅型を寄贈

今回は最近の話。 那覇市長からの礼状 本土復帰前の沖縄に、鍛治壮一は長期出張でよく行っていた。その頃、妻のみさ子は婦人画報の特集で沖縄に紅型という染め物がある事を知り、壮一に欲しいと頼んだ。 沖縄で知り合った紅型作家・城間栄喜さんに話すと、「…

第18回 スパイカメラを「実戦」で使った記者

カメラマニア以外にはなじみがないミノックスという超小型カメラのメーカーがある。機種名もミノックスだ。長さ10センチのほどの棒状だが、性能は高く、接写もできる。戦前にラトビアで生まれ、第2次世界大戦中、スパイが使ったなどと噂される。愛称はまんま…

第17回 コンコルド搭乗記

今回は、世界初にして唯一の商業超音速旅客機コンコルドが就航を終えた2003年に書かれた搭乗記。載ったのは40年前。1人あたりの旅行代金に驚かされる。萩尾望都やちばてつやら売れっ子漫画家たちにとってはどうって事もない金額だろうが、サラリーマン家庭…

第16回 計器の記録の謎も覆す 雫石事故の逆転勝訴

ANAのB727と航空自衛隊の戦闘機が空中衝突した雫石事故の民事裁判。窓から地上を写した乗客の写真の謎は解けた。だが、「衝突地点は訓練空域だった」とする国はもう1つの根拠を主張していた。空中に定められた飛行経路(航空路)は、主に、航空用の無線施設…

第15回 右の窓から写真を撮ると訓練空域に引っ張られる? 雫石事故の”オカルト現象”

全日空の旅客機と航空自衛隊の戦闘機が岩手県雫石上空で衝突した事故。ANA自ら証拠として裁判に出した乗客のフィルムが「衝突地点は訓練空域だった」という国の主張を裏付けそうになった。絶体絶命の不利を大逆転する発見は「右の窓から写真を撮ると機体の位…

第14回 雫石事故の真相 衝突は訓練空域でない 科学の間違いへの挑戦

民間旅客機と自衛隊の戦闘機の空中衝突で162人が亡くなった雫石事故。「速度の遅い自衛隊機に速度が速い民間機が追突したのだから民間機の方が悪い」という論理がいかにバカげているかは以前に書いた。さすがにまっとうな知性があればこの理屈は無理だと分か…

第13回 雫石事故、真の被告は誰か 航空自衛隊幹部からの手紙

1971年、岩手県雫石の上空で、全日空の旅客機と航空自衛隊の戦闘機が衝突した事故。その刑事裁判の一審判決が言い渡された75年3月、鍛治壮一は見知らぬ戦闘航空団副司令からの手紙を受け取った。衝突機に乗っていた空自の訓練生と、編隊を組んで指導していた…

第12回 自衛隊機に追突したANAの方が悪いと信じる人たち 未だにいるのは驚き 雫石事故

1971年7月30日、全日空の旅客機ボーイング727と航空自衛隊の戦闘機F-86が空中衝突した雫石事故。「速度の遅い自衛隊機に速度の速い旅客機が追突したのだから、旅客機の方が悪い」。いまだにこんなトンデモ説を信じて書いている人がいるのには驚きだ。ちゃん…

第11回 大勲位は何もしなかった 変わらぬ責任取らぬ政治の怠慢 予測された航空機事故

1971年7月30日、岩手県雫石上空で 航空自衛隊の戦闘機と全日空機が衝突し、162人が死亡した事故。裁かれるべきその真犯人は誰か。 書けなかったこと書きたいこと(鍛治壮一)雫石事故のショック(その2) ◆空中衝突を予告した報告書 雫石事故の起こる5ヶ月半…

ヤシの木も倒れる‼ Tracy Islandサンダーバード秘密基地を組み立てるだけの部屋とブログを間違えてアップしちゃいました

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第10回「言っていいかどうか 機関銃がないんです」社会面トップの特ダネ

1971年7月。当時、史上最悪の犠牲となった雫石航空機衝突事故。現場には新聞各社の社会部から大量の記者が投入された。どうも他社に特ダネを抜かれてばかりだった毎日新聞社会部は、ベテランの鍛治壮一を現地に送り込んだ。 書けなかったこと書きたいこと(…

第9回 野田秀樹取材の裏で暗躍したのは・・・

一般的にはまだメジャーではなかった野田秀樹を、なぜ、社会部の鍛治壮一が全国紙の1面で初めて紹介したのか。その裏で”暗躍”したのは妻のみさ子だった。 みさ子は演劇雑誌か東大新聞か何かで東大の駒場小劇場で活動する「夢の遊眠社」の記事を読んで興味を…

第8回 演劇はスポーツだを一人歩きさせて野田秀樹を困らせた

1972年、東京教育大学附属駒場高校(キョーコマ)*1に通う天才が処女戯曲を自作自演。東京大学文科1類(*2)に進学。教養学部キャンパス内にある寮の食堂ホールを改装。1976年、劇団「夢の遊眠社」の拠点となる駒場小劇場が生まれた。 新聞社で演劇や映画、…

第7回 朝日に席を譲った優しき後輩 最後の日本兵救出取材の苛烈な戦い異聞

3回に渡った小野田寛郎元少尉救出取材合戦。一度は輸送機が墜落して死んだ方がマシと絶望し、最後は勧進帳で紙面を埋め尽くす800行を吹き込んだ。この裏話のさらに裏話を鍛治壮一から聞いた事がある。この合戦のクライマックスは小野田少尉(*1)の元に最初…

第6回 カメラマンをヘリから蹴落としたと濡れ衣 最後の日本兵救出取材の苛烈な戦い(下)

取材合戦の最終話。 航空・防衛記者ひと筋40年 カジさんの名物コラム復活!続「書けなかった事、書きたいこと」第12回 勝ち取った小野田少尉取材戦争 ◆「ベルトを締めろ!!」「あれだ、あれしかない!!」。1機だけ別に遠く離れて着陸したUH-1イロコイに向かっ…

第5回 墜落して死んだ方がいいと絶望 最後の日本兵救出取材の苛烈な戦い(中)

週刊誌サンデー毎日のデスクなのに、現地取材班として、新聞の取材合戦に参加した裏話の2回目。航空機マニアな航空ジャーナリストがC-47やUH-1に絶望を味わわせられる。 航空・防衛記者ひと筋40年 カジさんの名物コラム復活!続「書けなかった事、書きたいこ…

第4回 最後の日本兵救出取材の苛烈な戦い(上)

鍛治壮一は30年近い会社人生のほとんどを東京本社社会部記者として過ごした。新人1年目の札幌から戻って以来、一度も転勤はない。全国紙の記者ではほかにいないだろう。唯一新聞作成部門である編集局を離れたことがある。1974年、最後の日本兵、小野田寛郎少…

前回のクイズの答:今後、民間人が最新鋭戦闘機に乗れない理由

F4EJファントムIIやF14トムキャットは2人乗り(複座型)の戦闘機。これに対し、F15イーグルは初期型のF15A、F15C、航空自衛隊専用のF15Jなど1人乗り(単座型)が中心。だが、鍛治壮一が乗ったF15BやF15Dという複座型の量産機もある。制空戦闘機であるF15が戦…

第3回 小野田寛郎・元日本兵の追悼記事

29年目の追悼 <3つの29年> 今回は鍛治壮一の一番最近の新聞記事を紹介する。6年前に亡くなった最後の日本兵・小野田寛郎元少尉の追悼文だ。小野田さんは上官の命令でフィリピンの孤島に赴き、1945年に日本が全面降伏した後も、ジャングルで29年間戦い続け…

クイズ:今後、民間人が最新鋭戦闘機に乗る事はない それはナゼか?

突然だが、クイズ。日本の民間人で初めて、当時の最新鋭戦闘機F15に乗った鍛治壮一はその体験記を航空専門誌や一般の雑誌などに書いた。それを見たどこかの雑誌だかテレビ局だかが企画をパクって米空軍に申し込んだ。もちろん断られた。航空と防衛の専門記者…

F14トム猫ワッペンいろいろ 第2回「米空軍の最高機密」補足

トムキャットのワッペン トップガンのトム・クルーズのようにパイロットスーツに貼ったのだろうか ロープに寄りかかる「いつでもかかってこい」バージョン 引退でグローブをはずした? E-2ホークアイとコラボ 前回の第2回で、U.S.NAVY(米海軍)の艦上戦闘機…

第2回 米空軍の最高機密 どこにも書かなかった事 F15搭乗記異聞

日本の民間人で初めてF15イーグルに乗った鍛治壮一。彼がどこにも書かなかった米空軍の"機密"を聞いた事がある。 前回載せたとおり、鍛治壮一はF15の搭乗に2台のカメラを持ち込んだ。あらかじめ、米軍から写真は自由に撮っていいと言われていた。ただし、撮…

垂直飛行が出来たのは本当にF15だけ? 第1回 F15搭乗記本文 補足

第1回のF15搭乗記本文で、脚注に、機首を真上に向けて飛ぶには推力が自分の重さに勝っている(推力重量比が1以上)必要があり、当時、世界の戦闘機でそれができるのはF15のみと書いた。確かにそう言われているが、F15より先に実戦配備された垂直離着陸機(VT…

第1回 F15イーグル搭乗記 本文

この連載の第1回は、ブログのタイトル通り、鍛治壮一のF15イーグル搭乗記とする。当時、航空自衛隊が導入を決めたばかりの最新鋭戦闘機に、日本の民間人で初めて乗った。今以て民間人で乗った人間は数えるほどしかいないだろう。飛行機大好き少年がそのまま…

鍛治壮一とは

上告弁護士・鍛治利一と鍛治喜美子の長男として、東京銀座に生まれる。後に実家は麹町区(現在の千代田区麹町)に移る。 現在の麹町小学校、麹町中学校、九段高校を経て、東京大学理科Ⅰ類に入学。最終学歴は東京大学教養学科アメリカ科卒。 毎日新聞に入社、…

このブログは

日本の民間人で初めて、当時の世界最強最新鋭戦闘機F15イーグルに乗った男。鍛治壮一は毎日新聞社会部のエースとして30年の記者生活を送った。現役引退後も航空ジャーナリストして多くの記事を書いている。ロッキード事件、雫石事故、ミグ25北海道着陸。様々…