第12回 自衛隊機に追突したANAの方が悪いと信じる人たち 未だにいるのは驚き 雫石事故

 1971年7月30日、全日空の旅客機ボーイング727航空自衛隊の戦闘機F-86が空中衝突した雫石事故。「速度の遅い自衛隊機に速度の速い旅客機が追突したのだから、旅客機の方が悪い」。いまだにこんなトンデモ説を信じて書いている人がいるのには驚きだ。ちゃんと事故の詳細を分かっている人がわざとそういう風に教えていた時期もあったが何十年も前の話だ。
 まるで、時速80kmしか出ないバイクに、後ろからバスが時速100kmで衝突したかのように言っているが、そんな事故ではない。あえて、車の衝突に例えてみよう。
 高速道路に、高速バス専用のレーンとバイクの訓練用レーンが並んで設けられていた。高速バスはそのレーンに沿ってただまっすぐ走るだけ。バイクの方は訓練をするので、レーンの中をジグザグに走ったり、右や左に急ハンドルを切って回ったりする。その日は、訓練生が教官と隊列を組んで走っていた。そこに、隣のレーンで、後ろから高速バスが近づいてきた。訓練生は教官の走りについていくのに必死で、隣のバス用のレーンに飛び出してしまった。教官が警告したが、間に合わず、急ハンドルで返って高速バスの進路をふさいでしまい、追突された。
 これで、バスの方が悪いという論理がどうやって成り立つというのだ。空を飛んでいる航空機に急ブレーキはない。確かに最高速度はB727の方が速いが、速度の問題ではない。戦闘機は機体の安定性を下げて、運動性を上げているので、急旋回など小回りが利くが、旅客機は機体の安定性を高めているので、急旋回などをするようにできてない。
 刑事裁判は最高裁まで争われたが、訓練生は無罪。教官だけ執行猶予付きの有罪になった。だが、この事故で一番悪いのは誰だろうか。それは、もちろんANAパイロットではないし、訓練生でも教官でもない。教官よりも責めを負うべき存在があったから、執行猶予になったのだ。訓練生や教官のみが責められ、真に被告席に座るべき者が何の責任を感じていない。その無念さの亡霊がこのような都市伝説を生むのだろう。

 次回、刑事裁判の一審判決の際、新聞の1面を飾った鍛治壮一の解説とそれに寄せられた航空自衛隊のある戦闘航空団副司令の切々とした思いを紹介する。