第10回「言っていいかどうか 機関銃がないんです」社会面トップの特ダネ

 1971年7月。当時、史上最悪の犠牲となった雫石航空機衝突事故。現場には新聞各社の社会部から大量の記者が投入された。どうも他社に特ダネを抜かれてばかりだった毎日新聞社会部は、ベテランの鍛治壮一を現地に送り込んだ。

 

書けなかったこと書きたいこと(鍛治壮一)

雫石事故のショック(昭和46年7月30日発生)


◆社有機で現場へ

 1971(昭和46)年7月30日、岩手県雫石上空で航空自衛隊のF-86Fと全日空のB.727が空中衝突し、乗客乗員162人が死亡した。F-86Fを操縦していたI訓練生はベイルアウト(*1)して助かった。防衛庁記者クラブ常駐だったから、六本木で増原長官や上田空幕長(*2)の記者会見、関連取材と原稿書きに追われた。翌日、事故前後のバッジ(*3)の記録を見せてくれるというので、三沢の北部航空方面隊司令部へ飛び、カラーデータ・スクリーンをチェックした。そんなことで、雫石の現場へ行ったのは事故の10日後だった。
 事故の一報とともに、東京の社会部から10人以上の記者・カメラマンが盛岡支局に応援にかけつけていた。ところが、1週間目に全員が引き揚げてきた。遺体の収容など、現場の取材が終わったためだという。しかし、破片のキズ跡を見ても、B.727とF-86Fのどの部分が接触したかなど、支局の記者では、わからない。他社は応援記者が残っているから、だれかきてほしいという要請だ。8月上旬で東北線は超満員、もちろん新幹線はまだできていない。やむを得ず、毎日新聞社機のMU-2が私と、警察庁キャップをやっているM記者の2人を花巻空港まで送ってくれた。

◆雫石から松島へ

 現場では運輸省の事故調査委員と、それを手伝う航空自衛隊員が機体の残がいを調べていた。もう100人以上の記者たちが取材したあとだから、新しいものは何もない。次の朝、列車で松島まで戻った。事故を起こしたF-86Fは浜松の第1航空団所属で、訓練のため松島の第4航空団に派遣されていたからだ。松島のH航空団司令は顔見知りだった。第1航空団副司令のときに取材したことがある。
 ここで新しい事実もつかめた。その内容は次号に書くとして、自衛隊を取りまく雰囲気は厳しかった。上田空幕長が遺族に土下座する写真が新聞に載るし、“人殺し”呼ばわりにも耐えなければならなかった。

◆機関銃がなくなった

長い取材を終えて帰ろうとするとH空将補がこう言う。「鍛治さん、困ったことがあるんです」--これ以上、困ることなんかあるんだろうか。「なんですか?」「いや、言っていいかどうか……。じつは落ちたF-86Fから機関銃がなくなっているんです」「えっ!!」
 F-86Fは機首に12.7mm機関銃が6挺、埋め込むように装備されている。「空中衝突したとき、はずれて落ちたんですか」「いや、そうじゃないんです」「えっ!!」「ネジ回しか何かで、取りはずした跡があるんです。事故後、かなりたってからF86-Fの残がいの近くに警備員を立てたんですが、その前に、はずされた跡があるんです」「六本木の空幕には知らせたんですか」「ええ、空幕までは……」「警察や事故調には?」「知らせてないんです。これだけ世間を騒がせ、国民の皆様に申し訳ない事故を起こして、その上、機関銃を盗まれたなどと警察に言えません。まだ黙っているんです」

◆「やっぱり盗まれている」

 盛岡支局にとって返し、F-86Fの機首と機関銃の位置の絵を描いて(*4)、警察庁キャップのM君に渡した。「警察庁から現場指揮で君の知ってる警視がきているだろう。彼にこれを渡して、機関銃が付いているかどうか調べさせろ。盗難が事実だったら、こっちは夕刊の特ダネ記事にするから、他社には言うなとクギをさしておいてくれ」
 翌朝、M記者から「機関銃が付いていません」と電話がきた。
『F-86Fから機関銃が盗まれた』が、夕刊社会面のトップ記事になった(*5)。当時も過激派の動きに神経をとがらせていたから、だれが、なんの目的で盗んだのか、世間は注目した。他のマスコミから「なぜ盗難の事実を隠していたのか」と非難攻撃されたが、こっちが警察に教えたネタだから、ニュースソースは伏せてくれた(*6)。
 半月ばかりたって、近くの農家の押入れから機関銃が発見された。背後関係はなく、F-86Fの残がいを見て、「記念に持っていこう」と道具を使って若い者が機関銃をはずし、自宅に隠していたという。
 機関銃盗難が問題ではない。その事実を警察に通知できない航空自衛隊に、雫石事故のショックの大きさをみる。
●(かじ・そういち)筆者は元毎日新聞社会部編集委員、現航空評論家

脚注(鍛治信太郎)

*1 ベイルアウト 飛行不能になった時、パイロットが緊急脱出すること。
*2 空幕長 航空幕僚長航空自衛隊を指揮する航空幕僚監部(空幕)のトップ。
*3 バッジ・システム 自動警戒管制組織(BADGE)。Base Air Defense Ground Environmentの略。全国のレーダーサイトなどをリアルタイムで結んだネットワークで、領空侵犯への自動警戒などを担う。

*4  鍛治壮一はポンチ絵のような物を書くのが得意だった。
*5 写真の通り、確かに第1社会面のトップ記事だが、機関銃が行方不明になったにしては扱いが小さくないだろうか。今ならもっと大騒ぎになる気がする。万事おおらかな時代だった。
*6 新聞社から重要なネタを提供された場合、その社が記事にするまでは他社には漏らさないのが信義だった。

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機関銃紛失の特ダネ